2007-06-01-Fri まあ世の中には凄い人が居るもんだと感心した一日でした。
私が日頃から懇意にさせて頂いている高鍋の大先輩が、前々からその風格、風貌、雰囲気から【只者では無い】匂いを発していて、その中から出てくるオーラはなんなんだろう?と前々から気になっていたのが昨日はっきりした。
と言うのは、その方の体は重量挙げで鍛え、大学時代に学生運動に若気の至りでのめり込み、公務執行妨害やら何たらで拘置所送りに会い、散々な目に在ってある日、波止場で荷物運びのバイトをしながらインドに密航し着いたら寺に行き、袈裟を着て托鉢をし一日中歩いても民家一つ無く、道端で人が死んでるのを横目に、延々とひたすら托鉢をして回り、いよいよ性根尽きて【ああ、俺はここで死ぬんだなあ・・・】と思いながらコヨーテが鳴く野原で凍え死ぬような寒さの中で夜を過ごしたりして着いたところが何と、世界の屋根ヒマラヤ連峰が見えるネパールまで徒歩で9ヶ月も歩いたと言うもの・・・圧巻と言うか何と言うか・・・
その後、国境警備隊に捕まり、日本領事館に身柄確保。領事の計らいでその当時1000円の金を貸して貰い、バングラディッシュ経由で2ヵ月後に日本に強制送還されて学生に復学し猛勉強の末卒業したと言うもの。
その後、1000円のお金を返すのと、その時のお礼が言いたかったのを、言いに秋田まで行くも本人は亡くなっていた。奥様にお金を返して墓前に報告できたという、珍しい【猛者】の壮絶なドラマです。
本人曰く【とにかく日本を出たかった、そして何処に行くも解らない船に乗り、あの時俺は死ぬ為に行ったんだ】と言う事だそうです。
今から35年ぐらい前のお話です。
当時の、日本は混乱していて、東大安田講堂事件や日米安保反対運動やら、学生が本気で革命を叫んでいた時代です。
それが今は、僕が大変お世話になっている恩人なのです。
この人の話を聴いてみると、僕なんかまだまだ青臭い我鬼です。

【在りましたぁー

宮崎のスーパーにも在りますどろソース】