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ティヌカーラ宮崎 料理長のブログ。

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【国産ポークの分厚いグリル。ビストロ風の盛り付け】

なんだかった言っても私こと野中はシャンブルにいるのも今日で最後になりました


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【トリップのぺリゴール風煮込み】

今日、スポーツジムの帰りよしもとに行こうと思ったが店休だったので、前から気になってた【グリル 風媒花】に行ってきた.失礼な話、こじんまりとした店だったので少人数で満席かなと思い、恐る恐る覗いて観ると、何と奥まで席が在りしかも満席!!! 

チキン南蛮、ハンバーグが有名と看板にあったので【コンビランチ】にしようと思ったが・・・【トリオランチ】と言うのが目に留まり、チキン南蛮、ハンバーグ、サイコロステーキの三種類ランチをチョイス。チキン南蛮の漬けたれはどことなく軽い甘さで濃くを感じて。

ハンバーグのデミグラスソースは複雑な混合一体となった味の中にも和風を感じさせるのは、八丁味噌か?インパクト有りでマル。

食後のコーヒーを飲んでいたら、有名なロゴが入った箸袋を見つけその店出身の方でした。【どおりで美味しいはずぅ】と思い、店を後にしました。





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【観音池ポークのグリル、ケッパーとマスタードのソース】


前から気になっていた事ですが、今日たまたまスターバックスで隣に妊婦さんが座り失礼とは知りながらも私のお腹と見比べてしまい私の方が大きい事にショックを受け、このままでは【いかん】と思い立ち、ダイエットを敢行しようと思います。目標体重69キログラム。現在84キロだから15キロ減量です。

まず、私はスポーツジムに通っていますが、私の場合は運動不足と言うよりも食生活改善のほうが重要なので、まずそこから始めようと思います。

夜中の2時3時に中性脂肪たっぷりの食事してたら、還暦を待たずしてお陀仏なんて事にならない様に・・・

そして、食事の中身を酸性からアルカリ性に替えて肉食から菜食に変えて・・・アルコールも舐める程度で・・・根菜類を多く取り・・・
納豆を毎日食べて。   夜8時以降は食物を採らない。

さあ・・・どれだけ続くか・・・。自分でも楽しみ。



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【鴨胸肉のローストオレンジソース、プティジャガイモのリヨン風とポーチドエッグを添えて】
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【北浦鯵のロティール、ラタトゥイュ添え】

今月の【料理王国】はなかなか読み応えがあります。日本のフランス料理史100年と称しての前編。 前から解ってはいたが僕らのやってきた事が大体どの辺の料理で、どのあたりに位置するのか?と言う事が解ります。

僕が東京に出た1985年当時は、現代フランス料理が日本に入ってきて20年経っていない時にもかかわらず現在の日本のフランス料理会の大御所とも呼ばれる方々のお店が群雄闊歩していた時代で、バブル景気と会い重なりそれはそれは、色んな店が出来てた。よく休みの日などは、色んな店に食べに歩いたもので、その当時先輩から【フランス料理を学ぶならシテのビストロ料理を食っとけ。】と言われ一緒に食べに行ったのが西麻布にある【ビストロ・ド・ラ・シテ】現在も営業中。

ここで始めて食べた、【フォアグラのテリーヌ】が一番印象的でした。

今も考えるが、僕の中にあるビストロ料理の原点はやはりシテだと思う。フレンチをやってきてクラッシックから高級店から創作前衛系からフランス星付レストランと回ってビストロなどやってきたが、フレンチを意識し始めて初めて食べたビストロ料理がシテの料理であったように思う。

ここは歴代の料理長が変わり、現在6代目シェフになっている。創業1973年で日本のビストロ料理店の金字塔である事には間違いない。



お久しぶりです。ここ数日、出張してました。
土曜日に見えた小林様すみませんでした。

ここ数日、睡眠時間が異常に短く感じます。
これから、パンを仕込んで、ローストチキンを焼いて、仕込みを万全にしてから磐石の態勢で望みます。


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【牛タンの赤ワイン煮】

どうも、私の文章の書き方が悪かったのか、電話、メールラッシュで、
【お店、閉めるの?何で?急に?】とか色々憶測を呼んでしまい【シャンブル閉店】の一人歩きになってしまい、今日もカウンターのお客様に設問攻めに会って苦し紛れの弁解をしていたシェフでした・・・

だけど、お客様の気遣いがいたいたしいほど手に取るように解った一日でなんとなく不思議な安堵感に包まれた日でした。
中でも、馬好きさんの【この店は潰れるわけ無いからぁ!!!】の一言には嬉しかったです。クールなようで熱い馬好きさんでした。(実際潰れてないから。断っとくけど)

あるお客様の葉書が来て【突然の事でショックを受けています。でもそれは致し方の無い事だと思いながらも淋しさでいっぱいです・・・】
などと書かれた葉書を読んだ時【違う!違うんだよう!一時、店を休むだけなんだよう!】と一人胸の中で叫んでいました。

どうか、勘違いされるような私の文章の文体の未熟さから来る誤解なので、勘違いされないようにお願いいたします。
本当に、皆様には心配掛けてすみません。

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【よしもとの焼き鯖定食、目玉焼き付き】

さすがに色々反響があります。やはり難しい選択をしたなぁと言うのが実感です。  I'll be Back!なのです。

気分転換に【ALWAYS、3丁目の夕日】を観てたら、初めっから涙腺が緩みぱなしで、堤真一が鈴木オートの看板をコケにされた事で怒る所なんかは自営業者の悲哀を匂わせるし、青森に帰りたくないムツコが二階の部屋で夕日をバックに泣くシーンは幼い頃の原体験を思い出し、
淳之介が吉岡秀隆、粉するマンガさんに帰って来るシーンなどは声上げて泣いてるし。最後のエンディングの所で急に友人からの電話で鼻声で答えてしまったり。いや久々にいい映画でした。単なるお涙頂戴映画ではなくて内容もしっかりしてて、東京タワーが出来る昭和33年当時の画像、東京タワーが出来ていくのと日本の戦後が終わり、これから高度成長と同時に【物、金】主義に突き進んでいくのをダブらせていく手法はさすが。

古きよき時代の日本である。この頃の日本人の心と今現在のハイテク技術が一緒になれば面白いのになあと思う。だが、いずれそういう時代が来ると思う。人間の【心と物が一致】する時代がそう遠くない将来に来る。予感がする。

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【世界のソース】

と言うわけで、色々とここ一ヶ月高橋と二人で、悩み苦悶し続けましたが、6月30日が最後の営業日となり、当面の間シャンブルを閉めざるを得なくなりました。
募集も掛けたり、色んな方法を考えましたが結局はシャンブルは野中と高橋の【シャンブル】である事に改めて気づかされた日々でした。しかし、これはあくまでも事業拡大のためのワンステップであり
 
【シャンブルを完全に閉める訳では無い事。と必ず将来、再起動させる事】をお約束いたします。
  
・・・とか色々書いても一時的とはいえ閉めることには変わりは無いわけで、今までたくさんのお客様に愛され続けて来ているシャンブルを一時的とは言え閉める事がどれほどお客様に淋しい思いをさせるかと考えると、夜も眠れませんしこれほど辛いものはありません・・・
正直な話、商売がダメで閉めるのと訳が違います。
お客様が毎日来てくださって収支も合っているのに閉めなきゃいけないなんて事が起こりうるのです。例えば、シャンブルに腕の立つ料理人を入れても私でなければ意味無いし、かといって向こうの会社の方に腕の立つ料理人を入れてもやはり一緒・・・。となると、私が2人必要になる事になる。うーん・・・と言う処である。

いっそのこと、高橋ソムリエを鍛えて宮崎初の【ソムリエ兼シェフ】にしようか・・とも考えたが・・・無理、無理!





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【日本海庄やの刺身普通盛】

2.3日前にスポーツクラブで下半身を鍛えようと思い、バンベル20キロを40回スクワットで持ち上げて、自分的にはまだ余力がありそうなところで余裕で終わった・・・つもりが次の日から太ももや下腿がパンパンにはって痛い痛い。 border= 特に厨房でしゃがんだり立ったりする時などは地獄のヒーローです。

バンベルやスクワットで思い出すのが、高校のとき皆流行って読んだ伝説の格闘コミック【1.2の三四郎】を思い出す。
猪木やナルミペイジがヒンズースクワットを日曜日の保育園の教室で人知れず1日中してる所を皆でまねしてクラブ活動でやってみるが、次の日はまた痛い思いをする訳である。
あの漫画は男心をくすぐる所があって、週刊チャンピオンが出ると決まって次の日は皆1.2の三四郎になっているわけです。

例えて言うなら、昔の人が任侠映画を観て映画館から出てくると高倉健になって肩で風を切って歩いてみたり。

仮面ライダーを見に行った子供が映画館から出てくるとライダーキックをすてみたり。

ドラゴンボールを見に行くと皆、孫悟空になってたり。

同じなんですねぇー皆同じです。




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【よしもと、あんかけ焼きそば単品!】

よしもとは何時行っても満席!別にこの店の身内でも知り合いでもないのだが、自分の【感と舌】で探し出した店だから何となく誇らしい この前行ったら横の席に顔だけ知ってるゴリラーマンみたいな人が居て、茶碗をわしづかみで右手で箸を立てて大盛の白飯を挟み切るように食べて、おかずを食べる時の左手はテーブルの角を持ち・・・両足はガニマタ!・・・【これが日本の大衆食堂の男の食べ方の定番!!!】みたいな人が居る。批判ではなくて、何と言うか、決して美しい食べ方ではないのだが昔の高度成長期の工事現場の飯場の中にいかにも居そうな感じの人である。観てて面白い!!!
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【鴨のコンフィ仕込中】

コンフィも中々だったが今回のパテも最高の出来栄えでした。
パテの味の決め手はやはり豚レバーでしょう。あの独特の風味と鉄の香りとハーブの蒸した匂いが相まったあの味は苦手な方も多いかもしれませんが食後の余韻を口の中で楽しみながらそこに赤ぶどう酒(昔の人はこう言ってた)を少しずつ流し込むと・・・それはそれは、えもいわれぬ至福の時間です。

パテの話はこの辺にして・・・昨日のニューヨークのピアニストのコンサート予想以上に良かったらしく、最後は県劇始まって以来のスタンディングオベーションだったらしい。それほど良かったんだ・・・と思うと行けなかった僕は口惜しく思うがそこは気を取り直して
仕事に励んでいるとYりんとM屋のT君が来てくれたので、アーやっぱり仲間が居たと安堵しました。

と【ひでじビール】やってくれました!!!ビールの本場、ベルギー王国での最優秀味覚賞!!! やはり本物は目の付け所が違う!

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【梅雨に染める紫の花】

いよいよ宮崎も入梅したみたいで、心なしか去年は雨が少なかったように思うが今年はどうだろう? 毎年梅雨は鬱陶しい季節だと言われるが私はそんなに嫌いでは無い。高鍋の実家の裏山が雨で崩れた経験があるが、あれは梅雨というよりもスコール並みの雨が降った時の話。

なんと言うか雨は雨なりに良いかな、なんて思ったりもする。
汚れた空気は綺麗にしてくれるし、地面に落ちたごみなんかも流してくれる。もっと好きなのが不謹慎かもしれないが、【雷】あの空を轟かす轟音がなんとも言えず快感でさえある。【ピカッ!!!ゴロゴロ!バキバキ!!!ドッカーン!(どこかに落ちた音)】

昔、雷が頭上の真上に来た事があり近くにその当時の電々公舎がありアンテナのせいか、傘をさして歩いても【放電現象】というのか目の前を雷が行き来したのを覚えている。家に帰ってお袋に話したら一笑されてしまったが、あれってもしかしたら今考えると、避雷針に当たった雷が放電したのではないかと思う・・・がいかがなものでしょうか?


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【無農薬プランタートマト】
従兄が何を考えたのか、熊本の【ナガタ農法】を取り入れ自分でトマトを作り始めた・・・

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【自然発酵肥料自家製】
肥料も自分で醗酵させて作る気の入れよう、綾にも畑を持ち週二回は行ってるみたいです。私自身がまだそういうことには素人の部類なのでこれから本格的に勉強していきたいと思います。

まず、【土】、【肥料】から勉強しようと思います。

まあ世の中には凄い人が居るもんだと感心した一日でした。

私が日頃から懇意にさせて頂いている高鍋の大先輩が、前々からその風格、風貌、雰囲気から【只者では無い】匂いを発していて、その中から出てくるオーラはなんなんだろう?と前々から気になっていたのが昨日はっきりした。

と言うのは、その方の体は重量挙げで鍛え、大学時代に学生運動に若気の至りでのめり込み、公務執行妨害やら何たらで拘置所送りに会い、散々な目に在ってある日、波止場で荷物運びのバイトをしながらインドに密航し着いたら寺に行き、袈裟を着て托鉢をし一日中歩いても民家一つ無く、道端で人が死んでるのを横目に、延々とひたすら托鉢をして回り、いよいよ性根尽きて【ああ、俺はここで死ぬんだなあ・・・】と思いながらコヨーテが鳴く野原で凍え死ぬような寒さの中で夜を過ごしたりして着いたところが何と、世界の屋根ヒマラヤ連峰が見えるネパールまで徒歩で9ヶ月も歩いたと言うもの・・・圧巻と言うか何と言うか・・・

その後、国境警備隊に捕まり、日本領事館に身柄確保。領事の計らいでその当時1000円の金を貸して貰い、バングラディッシュ経由で2ヵ月後に日本に強制送還されて学生に復学し猛勉強の末卒業したと言うもの。

その後、1000円のお金を返すのと、その時のお礼が言いたかったのを、言いに秋田まで行くも本人は亡くなっていた。奥様にお金を返して墓前に報告できたという、珍しい【猛者】の壮絶なドラマです。

本人曰く【とにかく日本を出たかった、そして何処に行くも解らない船に乗り、あの時俺は死ぬ為に行ったんだ】と言う事だそうです。

今から35年ぐらい前のお話です。

当時の、日本は混乱していて、東大安田講堂事件や日米安保反対運動やら、学生が本気で革命を叫んでいた時代です。

それが今は、僕が大変お世話になっている恩人なのです。

この人の話を聴いてみると、僕なんかまだまだ青臭い我鬼です。


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【在りましたぁー宮崎のスーパーにも在りますどろソース】

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